スカイ・ボート・ソング

敵の手を逃れて
9月6日のブログで触れたように、ジェームズ7世(James VII)の孫であるチャールズ・エドワード・ステュアート(Charles Edward Stewart)チャールズ王子)とその一軍は1745年7月にスコットランド北部で蜂起し、262年前の今日、9月17日にはエディンバラ(Edinburgh)、さらにイングランドのダービー(Derby)にまで攻め込みましたが、イングランド内での支持を得られず、結果として勝利することはできませんでした。
諦めないチャールズ王子は翌1746年4月、ネス湖近くのカローデン(Culloden)で政府軍に挑みます。カローデンの戦いです。
しかし、この時になると、正に多勢に無勢でした。
カンバーランド公爵(Duke of Cumberland=Augustus)の率いる政府軍の半分以下の兵力では勝てるわけがなく、戦いは短時間(1時間とも言われています。)で終わり、王子軍は惨敗します。
この後、ハイランドではキルトとタータンを身につけることや氏族(クラン)が集うことが禁止されます。
チャールズ王子フローラ・マクドナルド(Flora MacDonald)という協力者を得て女装し、ベティー・バーク(Betty Burke)というフローラの召使いということにしてスコットランド西部のスカイ(Skye)島へ逃げます。端整な顔立ちの王子だったからできたのかもしれません。
その時の様子を歌ったのがここに示したスカイ・ボート・ソング(Skye Boat Song)です。
チャールズ王子はその後フランスへ渡り結婚もしますが、アルコール依存症になり、晩年は惨めだったようです。
67歳で亡くなる時はローマにいました。
            Skye Boat Song
                    (Refrain)
     Speed bonnie boat, like a bird on the wing,
Onward, the sailors cry
Carry the lad that’s born to be King
Over the sea to Skye.
Loud the winds howl, loud the waves roar,
Thunder clouds rend the air;
Baffled our foe’s stand on the shore
Follow they will not dare.


                  (Refrain)
Though the waves leap, soft shall ye sleep
Ocean’s a royal bed
Rocked in the deep, Flora will keep
Watch by your weary head
 

                  (Refrain)

Many’s the lad fought on that day
Well the claymore Could wield
When the night came, silently lay
Dead on Culloden’s field                  (Refrain)

Burned are our homes, exile and death
Scatter the loyal men
Yet, e’er the sword cool in the sheath,
Charlie will come again.

 

                  (Refrain)
リフレインに出てくる「the lad that’s born to be King 」はもちろんチャールズのことです。
第2節の Floraフローラ・マクドナルド、第4節のCharlieチャールズの愛称です。
  
 コリーズ(The Corries)の歌うスカイ・ボート・ソング
ヨーロッパに関心のある方は⇒こちらをClick

 

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