飢饉、そして移民(序)

歴史を変えた一大事件
 
アイルランド近代史の多くはイングランドと対峙する歴史でした。
しかし、19世紀のアイルランドには、もちろんイングランドの影を色濃く帯びているのですが、もう一つ大きなできごとがありました。
昨年2月のブログでも少し述べた、1845年から1849年のジャガイモ大飢饉(The Great Famine)です。
そのブログでも述べたように、この大飢饉はカビの一種であるエキビョウキン(Phytophthora infestans)による胴枯病がじゃがいもに広がったことによるもので、当時、この病気自体は防ぐことができなかったものと思われます。
事実、胴枯病がエキビョウキンによるものであることが判明したのは1860年代に入ってからです。
この大飢饉によりアイルランドでは多くの人々が餓死し、またイングランド、米国、カナダ、オーストラリア等への移民が急激に増えました。
しかし、凶作だったのはジャガイモだけで、小麦やトウモロコシ等は健在でした。
では、なぜ大混乱になったのでしょうか?
 
当時アイルランドを支配していたイングランドは信じられない政策をとりました。
小麦を初めとする余裕のある穀物を、アイルランド国内に分配するのではなく、こともあろうに外貨獲得の手段として輸出に回したのです
それにはアイルランドの裕福な地主たちも加担しました。
そして、仕切っていたのは、現代日本に当てはめれば財務事務次官(Assistant Secretary to the Treasury)のポストにあったトレヴェリアン(Sir Charles Edward Trevelyan)と言われています。
イングランドは意識的にアイルランド人を餓死に、移民に追いやったと言われても仕方ありません。
実際、それが「政策」だったのかもしれません。
結果的にイングランドはアイルランドを武力によることなく徹底的に叩きのめしたのです。
 
これから何回かに分けて、不定期ですが、ジャガイモ大飢饉とそれにまつわる移民について歌を交えながら書いていきたいと思います。
奇しくも今年は、その中で若きアイルランダー(Young Irelanders)の反乱がおきて丁度160年目にあたります。

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