ふるさとの歌(II)-オーストラリア

ふるさとの歌(II)
(2)Waltzing Matilda
反骨のオーストラリア
 
本シリーズ第2回目はヨーロッパからオセアニアのオーストラリアに飛びます。
オーストラリアはヨーロッパからみればほぼ反対側にありますが、オーストラリアから見ればヨーローパが反対側にあり、こんな地図も存在します。
  Gregory’s Down Under Map of the World
 
さて、そのオーストラリアは当然ながら日本と逆の季節にあり、今は夏です。
私はオーストラリアへは1度だけ仕事で行ったことがありますが、夜、バーベキューを囲みながら見た星空は見事でした。
 

オーストラリアの曲として日本で最もよく知られているのは恐らくClick Go The Shears(調子をそろえてクリック、クリック、クリック)ではないでしょうか。
1960年代、ペギー葉山さんが歌って一躍広がりました。
NHKテレビの「みんなの歌」でも紹介されています。
Out on the board the old shearer stads grasping his shears in his long bony hands・・・
  今日も朝から一日中 はさみの音も軽やかに・・・
 
  NHK「みんなの歌」1962年10、11月の楽譜
 
そのオーストラリアについて少し復習します。
 
[オーストラリア超簡略史]
オーストラリアにおける人類の歴史は、オーストラリアがユーラシア大陸と地続きだった約5万年前に東南アジアから渡ってきた先住民族アボリジニーに始まると思われます。
しかし、17世紀(1642年)にオランダ人タスマン(Tasman)が現在のタスマニア島ニュージーランドを知るところとなり、それがヨーロッパに伝わりました。
そうなるとお決まりのイングランドによる侵略です。
イングランドは17世紀末から18世紀にかけ、「調査団」を派遣し、1770年、オーストラリア東海岸に到着したクック(James Cook)は東海岸一帯をイングランドが所有することを宣言しました。
さらにイングランドはこの地を自国の囚人送りの場として開発し、次々に流刑者を送り込みます。
19世紀半ばのアイルランドからの囚人には、ジャガイモ大飢饉のさ中、殆ど無実に近い罪で送られた人もいたことは前にも述べました
こういった中でイングランドが先住民族であるアボリジニーを迫害していったのは想像に難くありません。
 
オーストラリアが独立へ進むのは20世紀になってからで、まず1901年に英連邦のひとつとしてオーストラリア連邦が成立しました。
この時点での外交権はまだ英国にありました。
その後、ゆっくりと段階的に英国離れの姿勢を示したいったオーストラリアの完全独立を英国が認めたのは1985年になってからのことです。
もちろん、オーストラリアは現在でも英連邦(The Commonwealth)を構成する国のひとつでもあり、現在の元首はエリザベスII世です。
近年、オーストラリアが日本を含むアジア諸国との関係を重視しているのは周知のことです。
 
オーストラリアではフィリップ(Arthur Philip)総督に率いられた船団がシドニーのボタニー湾に上陸し、英国人の入植を開始した1788年1月26日が独立記念日(オーストラリアの日~Australian Day)として祝われています。
 
[オーストラリアのゴールドラッシュ]
18世紀から19世紀にかけてイングランドやアイルランドから囚人を含む多くの人がオーストラリアへ移民としてやってきていましたが、1800年代半ば、英国の植民地下にあったニューサウスウェールズ(New South Wales~NSW)で金鉱が発見されると、それより少し前に米国で見られたと同じようにオーストラリアは「ゴールドラッシュ」に湧きました。
その結果、一攫千金を狙う多くの働き手が牧場から鉱山へと移っていきました。
働き手を失った牧場では犬などの動物を使うなどして羊を守り、人手がなくてもできる牧畜業を開発していきました。
  Down Under Mapを使ってみました。
オーストラリアのゴールドラッシュ
 ×主な金鉱 (Gregory’s Down Under map of the World に加筆)
 
[ゴールドラッシュの終焉と失業者の増加]
一方、鉱山では機械化が進み、だんだんと労働力は少なくてすむようになりますし、ゴールドラッシュ自体も一段落します。
いきおい、多くの労働者が職を失いました。
彼らが牧場へ戻った時、そこでも既に彼らを必要としなくなっていたのです。
失業者達はオーストラリア東海岸に沿う都市になだれ込み、その地域の都市では人口が急増しました。
 
[放浪の人swagman、それを歌った曲]
そうは言っても、誰でもがまともな職につけるわけではなく、中にはズダ袋(swag)をかつぎ放浪の旅に出る者もいました。
そんなswagmanを歌った歌にウォルツィング・マチルダ(Waltzing Matilda)があります。
この歌は映画「渚にて(On The Beach)」に使われたため、日本でもかなり知られていますが、1895年、スコットランド人を父に持つピータソン(Andrew Borton Peterson)によって書かれたものです。
オーストラリアの音楽にはブッシュ・バラッド(bush ballad)と呼ばれるジャンルがあり、一種のカントリーソングのようなものですが、Waltzing Matildaもこれに含まれています。(ジャンル分けが必ずしも当を得ているものばかりではありませんので、どうでもいいことかもしれません。)
 
[Waltzing Matildaの地位]
1977年、オーストラリアではその頃使っていた宗主国(英国)の国歌を独自のものに代えようとする国民投票が行われ、Waltzing Matildaは28%の得票率を得て2位になりました。
1位は現在の国歌であるAdvance Australia Fairでした。
Waltzing Matildaは国歌としては少々品位に欠ける気もしますが、この歌に流れるswagmanの反骨精神は英国からの完全独立を主張しているようでもあります。
実際、オーストラリアでは第二国歌的に、場合によっては国歌以上に親しまれ熱狂的に歌われます。
日本で1968年に日本音楽協議会から発行されたはたらくものの歌集第2集(監修:芥川也寸志、岡田和夫、印牧真一郎)には放浪労働者の歌としてウォルシング・マチルダのタイトルで収載されています。
  
 はたらくものの歌集 第2集,日本音楽協議会・編,1968
 
Waltzing Matildaにはオーソドックスな曲の他、クイーンズランド(Queensland)州にはQueensland versionと呼ばれるものがあり、少々変わった趣を持っています。
ここでは両方の歌詞を示します。
 
      Waltzing Matilda

      Queensland version

Once a jolly swagman*1 camped by a  billabong*2

Oh there once was a swagman*1 camped in a billabong*2

Under the shade of the coolibah*3 tree

Under the shade of a coolibah*3 tree

And he sang as he watched and waited ‘til hi billy*4 boiled,

And he sang as he looked at his old billy*4 boiling

"You’ll come a Waltzing Matilda*5 with me."

Who’ll come a Waltzing Matilda*5 with me.

               (Refrain)

               (Refrain)

Waltzing Matilda, Waltzing Matilda

Who’ll come a Waltzing Matilda, my darling

"You’ll come a Waltzing Matilda with me."

Who’ll come a Waltzing Matilda with me.

And he sang as he watched and waited ‘til hi billy boiled,

Waltzing Matilda and leading a water bag

"You’ll come a Waltzing Matilda with me."

Who’ll come a Waltzing Matilda with me.

Down came a jumbuck*6 to drink at the billabong,

Down came a jumbuck*6 to drink at the water hole

Up jumped the swagman and grabbed him with glee,

Up jumped the swagman and grabbed him with glee

And he sang as he shoved that jumbuck in his tucker bag*7

And he sang as he stowed him away in his tucker bag*7

"You’ll come a Waltzing Matilda with me."

You’ll come a Waltzing Matilda with me

               (Refrain)

              (Refrain)

Up rode the squatter, mounted on his thoroughbred,

Down came the squatter a riding on his thoroughbred

Down came the troopers, one, two, three.

Down came the troopers one two three

"Where’s that jolyy jumbuck you’ve got in your tucker bag ?"

Whose is that jumbuck you’ve got in the tucker bag

"You’ll come a Waltzing Matilda with me.

You’ll come a Waltzing Matilda with me

               (Refrain)

               (Refrain)

Up jumped the swagman and sprang into the billabong,

But the swagman he up and he jumped into the water hole

"You’ll never catch me alive," said he,

Drowning himself by the coolibah tree

And his ghost may be heard as you pass by that billabong,

And his ghost may be heard as it sings in the billabong

"You’ll come a Waltzing Matilda with me.

Who’ll come a Waltzing Matilda with me.

               (Refrain)

              (Refrain)
 
*1swagman:ずだ袋(swag)を担いだ放浪者
*2billabong:(川の)水たまり
*3coolibah:クーラバー(ユウカリの一種)
*4billy:(キャンプ等で使う)湯沸かし
*5Waltzing Matilda: waltzing~walkingの意味で使っている。 matilda~swagの別称で、女性名のMatildaにかけている。
*6jumbuck:羊
*7tuckerbag:弁当袋
 
YouTubeからはオーストラリアの英雄的フォークシンガー、ジョン・ウィリアムソン(John Williamson)がシドニーのスタジアムでラグビー オーストラリア代表のサポーター10万人と歌うウォルツィング・マチルダとサッカー ワールドカップ2006ドイツ大会予選ラウンドで日本代表を撃破するなど大活躍したオーストラリア代表のゲームを背景にしたQueensland versionをお楽しみください。特に前者は圧巻です。歌詞や曲調がアーティストによって多少異なるのは通常のことです。
 

  ジョン・ウィリアムソン(John Williamson)がラグビー オーストラリア代表     
 (ワラビーズ)のサポーター10万人とスタジアムで歌うWaltzing Matilda    
 
  上の曲が録音されているCD
 Anthems(EM I,Australia,2000) 私の元同僚、友人のオーストラリア人が来日した際、「お前こういうの好きだろう」とお土産に持ってきてくれたものです。
 
  

  

  Waltzing MatildaのQueensland versionに乗せたサッカー
  ワールドカップ2006ドイツ大会でのヒディンクマジック

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