ふるさとの歌(II)-ブラジル

ふるさとの歌(II)
(7)Luar Do Sertão
南米最大の国、ブラジル
 
ふるさとの歌(II)の第6回目は南米へ飛び、サッカー王国、そして2016年オリンピック開催の有力地、ブラジルの音楽です。
南米で最も広い面積を占める国ブラジルは近年、産業の発達が目覚ましく、世界経済の中で注目を集めています。
 
ブラジルには他の国と同じように紀元前からいわゆる先住民族が暮らしていましたが、歴史として残っているのはヨーロッパから人が訪れるようになってからのことです。
1500年、航海中のポルトガル人がブラジル北東部に流れ着き、そこをポルトガル領としました。
 
1500年代後半になって、サン・パウロ(São Paulo)ヒオ(リオ)・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro)といった都市を建設し、徐々に近代国家にしていきました。
コーヒーの栽培も始まるなど、国としての形を整えてきたブラジルでは19世紀に入って一般住民の間で独立の気運が芽生えてきました。
1822年、ブラジルを統治していたポルトガルのペドロ4世(Pedro IV)が独立を宣言し、自らがPedro1世(Pedro I )として国王になりました。このことは、他のラテンアメリカ諸国が独立する時に自国から元首を出したのとは対照的です。
しかしペドロ1世は、カナダでの親英政権がそうであったように、要人にポルトガル人を優先的に登用するなどポルトガル色を鮮明に打ち出してきたため、ブラジル国内では政権批判の声が大きくなりました。そして1830年、ペドロ1世は追放され、ポルトガルへ戻ってポルトガルを統治しました。
 
ペドロ1世がいなくなった後、短期間の摂政時代を経て皇太子のペドロ2世が皇帝として即位しました。1840年のことです。
ペドロ2世の後ろ盾となっていたのは裕福な大地主たちでしたが、アメリカ合衆国の影響も受けて1888年奴隷制度が廃止されると、制度の存続を願っていた大地主たちの支持を失い、それにつけいった軍部と、共和制を求める中産階級とにより王政が倒され、ペドロ2世は英国へ亡命しました。
 
それ以後、今日に至るまでブラジルは途中2度の世界大戦に参加し、また独裁時代を経ながら、共和制を維持してきています。
1985年以降は文民統治の道を歩んでいます。
 
そのブラジルの大きな国土はおおざっぱに5つの地域に分かれます。
1.アマゾン川流域を中心とした北部(Região Norte):国土の半分近い面積を有していますが、人口は最も少なく、工業の発達も進んでいません。
2.東へ飛び出た出っ張り部分の北東部(Região Nordeste):人口はそこそこありますが、乾燥地帯を抱え、しばしば干ばつに悩まされるブラジル最貧の地域です。
3.内陸の中西部(Região Centro-Oueste):人口密度は北部に次いで少なく、多くの部分はセラード(Cerrado)と呼ばれるサバナに覆われています。
4.人口の密集する南東部(Região Sudeste)ヒオ(リオ)・デ・ジャネイロや大都市サン・パウロ等々を抱える最も富んだ地域です。
5.最も文化的と言われる南部(Região Sul):ヨーロッパからの移民も多く、「近代的」なイメージの広がる地域です。
 
このうち、特に北東部にはセルタン(sertão)と呼ばれる乾燥地帯があり、しばしば干ばつに見舞われるなどして住民の生活を脅かしています。
ブラジルを舞台とした映画等では、反抗の地、革命の地、そして最貧の地として描かれることが少なくありません。
この地から一攫千金を狙い、あるいは出稼ぎとしてヒオ(リオ)・デ・ジャネイロ等の都市へ来た人々は、その後必ずしも夢を果たしたわけではなく、中にはスラム街に住んだり、結局は浮浪者となったりしました。もちろん、大成功を収めた人たちもいます。
北東部から南東部へ出てきた人たちによって故郷を想いよく歌われる曲がLuar Do Sertãoです。日本では「合唱団とちの実」によって訳された歌詞が有名でしょう。
日本語のタイトルは「ふるさとの月」ですが、厳密に言うと luar は「月光」、sertãoは上記のようにセルタンと呼ばれる奥地のことです。
 

   ふるさとの月(合唱団とちの実訳)
 
ふるさと離れ思うは懐かし 月影楽しき過ぎし日よ
よどめる空に風立ち枯葉は舞い荒れ 月の光鈍く
      (リフレイン)
遠く離れし今ひとりいて 懐かしふるさとの月偲ぶ
 
森影に月昇りて人々去りゆき たそがれ覆うとき
つまびく調べ想いははるかによぎりし 古き日のことなど
     (リフレイン)
 
いつの日にかふるさとの土かきいだきて 月のもとに眠らん
小鳥舞い飛びさえずりわが名を呼びても こだまは返るのみ
     (リフレイン)

 
合唱団とちの実の訳ではブラジル民謡とされていますが、この曲はブラジルの作曲家カトゥーロ・ダ・パイシャン・セアレンセ(Catulo da Paixão Cearense)によって20世紀初頭に作られたものです。
セアレンセは1863年、ブラジル北東部に属するマラニャン(Maranhãon)サン・ルイス(São Luis)で生まれました。彼の母はマラニャン州、父はひとつ置いて隣りのセアラ(Ceará州の出身でしたから、二人とも北東部の人と言えます。17歳時の1880年、一家はヒオ(リオ)・デ・ジャネイロへ移り住みました。
セアレンセはここで音楽の道に進み、1908年、Lurar Do Sertãoを作りました。彼もまた故郷セルタンを想ってのことだったのでしょう。
尚、セアラ州の人のことをセアレンセと言います。
 
 
左は知恵蔵なっとく世界地図(朝日新聞社)、右はWeltatlas(RV Verlag、ドイツ)に加筆したものです。
 
原詩と、例によって私の逐語的拙訳を書いておきます。YouTubeはその下にあります。参考にしてください。
尚、タイトルにある sertão はそのままセルタンとしました。
 
Ai que saudade do luar da minha terra ああ、故郷の月光が懐かしい
Lá na serra branquejando folhas secas pelo chão  そこでは白い山に乾いた葉が広がる
Esse luar cá da cidade tão escuro そんな月の光もこの街では暗い
Não tem aquela saudade do luar lá no sertão ここにはあのセルタンの月光の懐かしさはない
      CORO    コーラス
Não há oh ! gente oh não おお、ないんだ
Luar como esse do sertão セルタンで見られたような月光は
Não há oh ! gente oh não おお、ないんだ
Luar como esse do sertão セルタンで見られたような月光は
Se a lua nasce por detrás da verde mata 緑の森の背後から月が生まれれば
Mais parece um sol de prata prateando a solidão 銀色の太陽は独りもっと輝いて見える
E a gente pega na viola que ponteia そして人々はギターを手に取り弾く
E a canção é a lua cheia nascer do coração 心から生まれ出る満月の歌を
      CORO    コーラス
Se Deus me ouvisse com amor e caridade もし神が愛とご慈悲で私の願いを聞いてくだされば
Me faria essa vontade o ideal do coração 勇気を出して理想の意志を貫きたい
Era que morte a descantar me supreendesse 死は私に安らぎを与えてくれ
E eu morresse numa noite de luar no meu sertão 私のセルタンの月光の夜に死ぬ
      CORO    コーラス
Ai quem me dera que eu morresse lá na serra ああ、私はその山で逝く
Abraçada à minha terra e dormindo de uma vez 故郷に抱かれひとたび眠りにつく
Ser enterrada numa grota pequenina 小さな穴に埋められ
Onde a tarde a sururina chora a sua viuvez 夕方に孤独なスルリーナが独り悲しく鳴く
      CORO    コーラス
 
luar=月光(英:moonlight)
minha terra=故郷(英:my land)
sertão=セルタン,特にブラジル北東部奥地の乾燥牧畜帯
lua=月(仏:lune;西,伊:luna,露:луна
viola=ブラジルギター
lua cheia=満月(英:full moon)
sururina=スルリーナ,シギダチョウ(南米にのみ棲息するダチョウに近い種の鳥。飛ぶことはできない。)
 
ブラジルの公用語は中南米では珍しくポルトガル語です。そして、英語ではアメリカ英語が普及の域を広げているのと同様、ポルトガル語においてはブラジルのポルトガル語が本国のポルトガル語を凌駕しつつあります。
発音の特徴はいくつかあります。
①鼻母音の存在:フランス語と類似しますが、たとえば sertão は「セルタゥン」のように聞こえます(二重鼻母音)。um、unも鼻母音です。
②狭い子音(t、d 等)に後続するeは狭い音で発音されます。(saudade=サウダーヂ、quem=キム)
③h単独では発音されません。
④子音に後続するhは英語のyに近い発音をします。(nha=ニャ、lha=リャ)
⑤前置詞+定冠詞等で短縮形が存在します。(de+o=do、de+a=da、en+a=na、por+o=pelo・・・)
⑥母音を後続するrの発音は巻舌のルでもよいのですが、通常はエスペラントのĥ、ドイツ語のch、スペイン語のj、ロシア語のхの発音をします。(Robert=ホベルト、Rio=ヒオ)
⑦母音を後続しないlはエスペラントの ŭ、英語の w の発音をします。(ideal=イヂアゥ)
⑧母音に挟まれるsや母音後のsに有声子音が置かれる場合は英語のzの発音になります。
 
⑤の追加:ドイツ語でも in+dem=im等の短縮形があります。
⑥の追加:フランス語の r の発音はドイツ語の r、ロシア語のрと比べるとポルトガル語の r に近いと言えるのではないでしょうか?
⑦の追加:英語でもたとえばhelpはヘルプといより、むしろヘゥプに近く聞こえます。これをスッキリ「w」にすると言いきったと考えればよいでしょう。
⑦⑧の追加:Brasil のブラジル・ポルトガル語読みは「ブラジゥ」に近く聞こえます。
 
 

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