ふるさとの歌(II)-マケドニア

ふるさとの歌(II)
(13)Билјана Платно Белеше 
古くて新しい国、マケドニア
ふるさとの歌(II)、今回はまたヨーロッパ、バルカン半島の国マケドニアの音楽です。
ひと口にマケドニアと言っても、その定義、特定は少々デリケートにならなければなりません。
マケドニアは本来、バルカン半島の一部を占める地方をさします。その範囲は現在のギリシャブルガリアアルバニアそれにマケドニア共和国に広がります。
最も広い地域は現在ギリシャに属しています。
しかし、単にマケドニアというとマケドニア共和国を指すことが多く、それに対してはギリシャから異議が唱えられています。
なお、独立国としてのマケドニアの国連での名称はマケドニア旧ユーゴスラビア共和国ですが、マケドニア憲法ではマケドニア共和国(Република Македонија になっています。ここでもマケドニア共和国の名前を使います。
ちなみにワールドカップ2010ヨーロッパ予選の初戦でスコットランドはマケドニアに敗れ、それが最後まで尾を引きました。
[古代マケドニア]
マケドニアが多くの歴史年表に現れるのは紀元前400~350年のことです。この地方を王として治めていたフィリッポス(Φίλιππος)II世の息子、アレクサンドロス(ΑλέξανδροςIII世の大遠征はあまりにも有名です。
しかし、紀元前149年ポエニ戦争、同時期の第4回マケドニア戦争紀元前146年にマケドニアはローマの属州となりました。ローマは紀元前27年、アウグストゥス皇帝の下、帝国となり、それからしばらくはローマ帝国の時代が続きます。
[中世~近世のマケドニア]
ローマ帝国は西暦395年に東西に分割され、マケドニアのある東ローマ帝国は首都をコンスタンチノーブルに置きました。
時代は飛んで1299年、小アジアにオスマン帝国がおこると、オスマンはバルカン半島へも侵攻し、1435年、コンスタンチノーブルを陥落させ、東ローマ帝国はオスマン帝国の手に落ちました。
オスマンはその領地を更に北に西に広げ、19世紀末までに現在のボスニア・ヘルツェゴビナまでその掌中に収めました。
しかし、1909年にはオーストリア・ハンガリー君主国がボスニア・ヘルツェゴビナを併合します。
他方、領土を縮小されたトルコに代わり、バルカン半島北部ではセルビアが王国を作り、この地域はブルガリアセルビアボスニアモンテネグロが、南部はギリシャが統治していました。
[近世~現代のマケドニア]
1910年代初めにギリシャ、ブルガリア、モンテネグロ、セルビアとオスマン帝国との間に争いが起きました。(バルカン戦争
その結果、オスマン帝国にあったマケドニアはセルビア、ブルガリア、ギリシャに分割されました。そのうちギリシャ領が半分を占め、セルビアに属したのは40%、残りがブルガリア領となりました。
1914年サライェヴォ事件を契機に第一次世界大戦が勃発しました。それはオーストリア・ハンガリー君主国の崩壊とセルビア・クロアチア・スロベニア王国の成立をもたらしました。この王国は1929年、ユーゴスラビア王国へと進みます。
第二次世界大戦終了後、ティトー(Јосип Броз Тито率いるユーゴスラビア連邦人民共和国が成立し、マケドニアはセルビア、クロアチア、モンテネグロ、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナとともに、その構成国となりました。
そして、1989年にベルリンの壁が撤去されるとユーゴスラビアを構成する各共和国でも独立機運が強まり、1991年、ユーゴスラビアを構成していたマケドニアはマケドニア共和国として独立しました。
[現在のマケドニア]
マケドニアの首都はスコピエ(Скопјеで、市を流れるヴァルダル(Вардар)川と南西部、アルバニアとの国境にあるオフリド(Охрид湖はこの国の象徴です。旧ユーゴスラビアの構成国の中では最もGDPの低い、発展途上国です。
マケドニアの独立性については、マケドニアはギリシャの一部であるという考えやブルガリアの一部であるという考え、更に、ギリシャ、ブルガリアのマケドニア地方を含めた地域は統合すべきであるとする考えもあり、その意味では民族主義の狭間にあると言えるでしょう。
マケドニア共和国の公用語はマケドニア語で、セルビア語にやや近く、ブルガリア語と極めて近い関係にあります。単純な比較はできませんが、マケドニア語とブルガリア語の差は津軽弁と薩摩弁の差よりずっと小さいのではないでしょうか。
ノーベル平和賞を受賞した故マザー・テレサ(Мајка Тереза マケドニア共和国の首都スコピエで生まれました。
今がわかる 時代がわかる 世界地図(成美堂出版)に加筆
マケドニアで最もよく歌われ、マケドニアの象徴のようにも言われている曲がビリャーナ(Билјана Платно Белеше*です。
英語に直訳すれば、Biljana Was Whitening (Bleaching) A Linen とでもいうのでしょうか。
娘(たち)が布を水にさらして白くする姿はどの国でも美しいようで、日本でも万葉の時代に多摩川に さらす手作り さらさらに なにぞこの児の ここだかなしきと歌われています。
*スラブ諸語でベル(белbel、それと同じベオ(беоbeo)は「白」を表します。(ベラルーシ=白ロシア、ベオグラード=白い街)
オフリド湖畔で布をさらしている嫁入り前の娘の横を白い街(белоградから来たワイン行商が通りかかった時の話です。内容は想像してください。
それにしても「白い街」というのはどこのことでしょうか? もしかすると隣りのセルビアの首都ベオグラード(Београд=Белоградかもしれません。(ベオ:白い、グラード:街)Белградがくっついていますので、白い街とするより、一つにして白都とでもしてしまった方がよいようです。
この歌の詩にはいくつかありますが、内容はどれも同じです。ここでは下のYouTubeで歌われているものと最も近い歌詞を選びました。それでも多少違いがあります。
よくあることですので、気にはしない方がよいでしょう。
私はこの歌をボスニア・ヘルツェゴビナのベンバシャへ行った時と同様、エスペラントを通して知りました。日本のエスぺランティストの間では比較的よく知られている曲です。
私の拙訳を付けておきます。私はマケドニア語を学んだわけではありませんし、マケドニア語の辞書は持っていませんので、簡単な入門書とブルガリア語の単語集を参考にしました。多くの単語はロシア語とも類似します。エスペラント訳には間違いが多く、あまり参考になりませんでした。
読み方(カタカナ)はおおよそのものですので、鵜呑みにしないようお願いします。
 マケドニア語    日本語
Билјана платно белеше, ビリャーナは布をさらしていた
 ビリャナ  プラトノ  ベレシェ
На охридските извори, オフリドの泉で
 ナ オフリツキテ  イズヴォリ
Оздола идат винари, するとワイン行商がやってききた
 オズドラ  イダト  ヴィナリ
Винари белограѓани. ベオグラードからワイン行商が。
 ヴィナリ  ベログラギャニ
Кротко терајте карванот, 静かに列を進めてね
 クロトコ  テライテ カルヴァノト
Да не ми платно згазите, 布を轢かないように
 ダ ネ  ミ  プラトノ  ズガジテ
Платното ми е даровно. 私がお嫁に持っていく布なの
  プラトノト  ミ  エ ダロヴノ
За свекор и за свекьрва お義父さんお義母さんへ。 
 ザ スヴェコル イ ザ スヴェクルヴァ
Ако ти платно згазиме, もし私たちが布を傷つけたら
 アコ ティ プラトノ  ズガジメ
Со вино ќе го платиме, ワインで償うよ
 ソ  ヴィノ キェ ゴ プラティメ
Со вино ќе го платиме, ワインで償うよ
 アコ ティ プラトノ  ズガジメ
Ем бела лута ракија. 白くて強いブランデーでも。
 ソ  ヴィノ キェ ゴ プラティメ
Не ви го сакам виното, ワインなんていらないわ
 ネ ヴィ ゴ サカム  ヴィノト
Jac ви го сакам момчето, そこの男の子がいいわ
ヤス ヴィ ゴ サカム  モムチェト
Што напред води карванот, 列を前へ進めている子よ
シュト ナプレドゥ ヴォディ カルヴァノト
И фесче носит над око, 頭にフェズをつけている子よ
イ  フェスチェ  ノシト  ナドコ
マケドニア語の発音はおそらくロシア語より易しいと思います。あまり例外なく綴り通りでよいからです。белешеはロシア語読みをすると、ビェリェシェになりますが、マケドニア語の e はエですので、ベレシェでよいですし、платно а にアクセントがあるのでロシア語読みをするとプラトナになりますが、マケドニア語では綴り通りプラトノでよいのです。
ロシア語やブルガリア語で存在するのю、я文字がなく、e はエの発音をするため ј で補います。Билјанаはブルガリア語ではБилянаです。また、ќѓといった記号を使います。(ќ=кјѓ=гј
Билјана:マケドニアではかなり人気のある女性名です。
охридскитеОхрид:オフリド湖
винари(<вино:ワイン):ワイン業者
белограѓаниБелоград:白い街ということですが、一語になっていることから、思い切ってセルビアの首都ベオグラードとしました。
даровно:持参金、嫁入りの時に持っていくもの、嫁入り道具
свекор :舅  свекьрва:姑
ракија:ブランデー。下の YouTube では「Ако ти платно згазиме,Со вино ќе го платиме」を繰り替えし歌っています。
  бела лута ракија は直訳すれば白い強いブランデーですが、強い白ブランデーとした方がよいかもしれません。
фесче:フェズ。主にイスラム教徒の着けるつばのないトルコ帽。オスマントルコ支配時代にマケドニアでも普及しました。
над око:目の上に。ちょっとイキなかぶり方をし、目に被さらんばかりになってるのかもしれません。
     こんなダンスもあります。
 

 

2件のコメント

  1. ヒース

    どんぽの ばぶ3さん:コメントありがとうございます。この曲は初めて聴きました。と言うより、私はマケドニアの音楽はそれほど知っているわけではありません。でも、この国については興味があります。ご紹介いただいたZajdi, zajdi jasno sonce(Зајди, зајди јасно сонце)は昇る月と落ちる太陽に、もう帰らない若き日の自分と帰り来る妹?(恋人?)を対比させ、洋々とした旋律で作られていているようです。ありがとうございました。ヒース

  2. ばぶ3

    この曲をごぞんですか?http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=tOo6LvU4jVA&feature=related私の知っているマケドニア民謡の中で一番印象の強い曲はこれです。

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