ふるさとの歌(II)-チリ

ふるさとの歌(II)
(14)Gracias Al La Vida 
民主化を緒につけたチリ
 
はじめに:このブログの前にここをご一読いただくと大変ありがたく思います。
 
ふるさとの歌(II)第14回は南米、チリの曲です。
【チリはワールドカップ2010南アフリカ大会への出場を決めています。】
 
南アメリカ大陸西側に南北に細長く連なるチリは日本とほぼ昼夜、季節が逆転しています。東西に狭い国土にあっても山あり、谷あり、平地あり、砂漠ありで、気候も砂漠、西岸海洋性、地中海性、ツンドラと多種多様です。
チリの公用語は多くの中南米の国と同様、スペイン語です。
 
チリの大凡の国境と気候区分
 
南米の音楽というとタンゴ、サンバ、ボサノヴァなどが思い浮かびますが、ヌエバ・カンシオン(Nueva Canción)と呼ばれるジャンルもあります。それは単に音楽のジャンルというより一種の社会改革運動です。
 
フォークソング、反戦フォークソングが世界に広まった頃の1960年代初頭にアルゼンチンのメルセデス・ソーサ(Mercedes Sosa)が社会改革運動と位置づけたのが最初ではないかと言われています。フォルクローレと言われる一種の伝統音楽にロックなどの要素を入れたものですが、特徴は正にその歌詞、詩にあります。
内容は戦争であったり、貧困であったり、社会的弱者の声を代弁し、民主主義を指向し、反戦、反帝国主義、人権擁護などを訴えていきました。
この運動は民衆に普及し、南米のみならず、中米、メキシコにまで伝わりました。
 
多くの人に愛されてきたヌエバ・カンシオンでしたが、1960年代後半~1970年代になって各国で軍事独裁政権が力を持つとその運動は迫害を受けました。それが顕著だったのがチリです。
チリには多くのヌエバ・カンシオンのアーティストがいて、国の内外で活躍していました。
 
そのチリは1818年にスペインから独立したのですが、それ以来、2度の世界大戦を経験しつつ不安定な政権が繰り返されていました。
チリに大きな変化がおこったのは20世紀後半のことです。
 
1970年の大統領選挙で人民連合から出馬したマルキシストのアジェンデ(Salvador Isabelino del Sagrado Corazón de Jesús Allende Gossens)が当選し、世界で初めての選挙による社会主義政権が誕生したのです。
アジェンデ政権は、それまで途絶えていたキューバーとの国交を回復したり、国内的には外国企業の国営化を進めるなど、急激にチリの社会主義化を進めていきました。
アジェンデ政権の下でヌエバ・カンシオンも花開き、その影響を強めていきました。
 
一方、アジェンデの取った政策はインフレーションを招き、国内でも、それまで支持者であった労働者階級の反発も呼ぶようになってきました。国内の勢力が分断される中、他の発展途上国でもそうであるように、混乱に乗じたニクソン政権下のアメリカはCIAを通じて労働者のストを煽ったりしてチリ国内を更なる混乱に陥れようと企て、1973年ピノチェト(Augusto José Ramón Pinochet Ugarte)将軍によるクーデターを後押しし、1973年9月、そのクーデターは成功します。この政変の中でアジェンデ大統領は殺害されました。
ピノチェトは当時の政界人だけでなく、軍政に少しでも反抗的、批判的な人々を弾圧し、数千人が殺害されたと伝えられています。
音楽界もこの影響を受け、ヌエバ・カンシオンも例外ではありませんでした。
特に著明なシンガー・ソングライターであったビクトル・ハラ(Victor Jara)はアジェンデ殺害のすぐ後、逮捕、虐殺されました。
 
その後、南米各国が民主化の速度を速める中で独裁を続け私利私欲に走ったピノチェトは1990年遂に失脚し、チリはアジェンデ政権以来の民政に移行しました。
現在は社会党を中心としたコンセルタシオン・デモクラシア(Concertación de Partidos por la Democracia)ミシェル・バチェレ・ヘリア(Verónica Michelle Bachelet Jeria)がチリ初の女性大統領としてチリの近代化を進めています。
 
ヌエバ・カンシオンも再び息を吹き返し、南米だけでなく、スペイン等のヨーロッパでも人気を集めてきています。
 
今回のふるさとの歌(II)はチリのヌエバ・カンシオンからビオレタ・パラ(Violeta Parra)の作った「人生にありがとう(Gracias A La Vida)」を紹介します。この曲は南米各国において、民主化運動の中で象徴的に歌われてきました。
例によって、私の逐語的拙訳を書いておきますがが、鵜呑みにせず参考にしてください。いくつかの英語訳もありますが、スペイン語を語源的に英語に置き換えても意味のある内容になっているかどうかわかりません。従って、英訳は殆ど参考にしませんでした。
 
 Gracias Al La Vida                 人生にありがとう
 

Gracias a la vida, que me ha dado tanto. 私に沢山のことをくれた人生にありがとう。
Me dio dos luceros, que cuando los abro, 私に二つの光を与え、それが開いた時
Perfecto distingo lo negro del blanco, 黒を白から完全に区別し、
Y en el alto cielo su fondo estrellado, 高い空で星の奧を見つけ、
Y en las multitudes el hombre que yo amo. 大衆から私の愛する人を見分けた。
Gracias a la vida, que me ha dado tanto. 私に沢山のことをくれた人生にありがとう。
Me ha dado el oído que, en todo su ancho, 私に耳をくれ、広い世界の中で
Graba noche y día grillos y canarios 心に刻む音は夜と昼、コウロギとカナリア
Martillos, turbinas, ladridos, chubascos, ハンマー、タービン、煉瓦、夕立
Y la voz tan tierna de mi bien amado. そして愛する人の優しい声。
Gracias a la vida, que me ha dado tanto. 私に沢山のことをくれた人生にありがとう。
Me ha dado el sonido y el abecedario. 私に音と文字をくれ、
Con él las palabras que pienso y declaro, それで考え発したことばは
"Madre,", "amigo," "hermano," y los alumbrando お母さん”“友人”“兄弟、そして照らす
La ruta del alma del que estoy amando. 愛を育む生命の道を。
Gracias a la vida, que me ha dado tanto. 私に沢山のことをくれた人生にありがとう。
Me ha dado la marcha de mis pies cansados. 私の疲れた足で歩むことをくれた、
Con ellos anduve ciudades y charcos, 足で歩く町や水たまり
Playas y desiertos, montañas y llanos, 海岸や砂漠、山や平地
Y la casa tuya, tu calle y tu patio. そしてあなたの家、通り、中庭。
Gracias a la vida, que me ha dado tanto. 私に沢山のことをくれた人生にありがとう。
Me dio el corazón, que agita su marco. 私に心をくれて、それは私の骨格を揺り動かす。
Cuando miro el fruto del cerebro humano, 人の脳の成果を見る時に
Cuando miro al bueno tan lejos del malo. 悪からずっと離れて善を見る時に
Cuando miro el fondo de tus ojos claros. あなたの美しい瞳の奧を見る時に。
Gracias a la vida, que me ha dado tanto. 私に沢山のことをくれた人生にありがとう。
Me ha dado la risa, y me ha dado el llanto. 私に笑いをくれた、私に涙をくれた
Así yo distingo dicha de quebranto, そうして幸せを悲嘆から切り離す
Los dos materiales que forman mi canto, 私の歌を作った二つのもの
Y el canto de ustedes que es el mismo canto. 同じ歌であるあなたの歌を。
Y el canto de todos que es mi propio canto. 他ならぬ私の歌であるみんなの歌。
Gracias a la vida que me ha dado tanto. 私に沢山のことをくれた人生にありがとう。

 
 スペイン語について
スペイン語はフランス語、ポルトガル語、イタリア語などとともに印欧語の中でもロマンス語に属する言語です。発音は英語とよく似ていてそう難しくはありませんが、気をつけるべきことがいくつかあります。
1)h は他のロマンス語同様発音しません。
2)日本語ヴ、エスペラント、英語、フランス語の v 、ドイツ語の w 、ロシア語のвの発音はありません。vの文字はブ(英語等の  b 、ロシア語のб)になります。
 ですから、nueva canción の nueva はヌエヴァではなく、ヌエバと読みます。Venezuela はヴェネズエラではなくベネズエラです。
3) ñ はポルトガル語の nh 、フランス語、イタリア語の gn と同じでnyに近い発音をします。
4) j はエスペラントの ĥ 、ドイツ語の ch、ロシア語の х の発音をします。(Jara=ハラ)
5) z は英語の th の発音をします。(voz=ボス)
6)名詞とそれを修飾する形容詞で性、数を一致させるのは、英語を除く他の大部分のヨーロッパ言語と同じです。
7) ch、ll はひとつの子音と見なされます。
8)鼻母音はありません。
9)狭い母音(i、e)に先行する子音の発音も狭くしますが、ポルトガル語やロシア語ほど顕著ではありません。
10)最も発音の難しいのは恐らく ll ではないかと思われます。l を発音する時の舌の位置(舌先を硬口蓋につける)で英語の j を発音する感じです。リョとジョの間のようです。ですから、Mallocaは「マジョルカ」とか「マヨルカ」とかと転記されます。しかし、ウェールズ語の ll の発音よりはずっと易しいと思います。
 
YouTubeからはビオレタ・パラ自身の歌をお聴きくさい。
 

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