ふるさとの歌(II)-スウェーデン

ふるさとの歌(II)
(15) Vårvindar Friska
二度の大戦で中立を貫いたスウェーデン
 
ふるさとの歌(II)、最後はやはりヨーロッパからになりました。ワールドカップ2010ヨーロッパ予選グループ1で惜しくもポルトガルに次いで3位になり、本戦出場を逃した北欧スウェーデンの歌です。
 
学校の教育でスウェーデン(Sverige)が歴史の表部隊に登場することはあまりなく、これは北欧以外のヨーロッパにおける歴史教育でも似たり寄ったりだと思われます。しかし、どこの国でもそうであるように、その国にはその国の歴史が存在し、スウェーデンも例外ではありえません。
 
[ヴァイキング以前]
北欧というとヴァイキングを連想しがちで、それはその通りなのですが、ヴァイキング以前にもスウェーデンには人類が生活していました。紀元前3,000年頃には青銅器を使ったとみられています。また、農業もこの頃から営まれだします。
これらは発掘調査等により推定されるものであり、細かいところまではわかっていないようです。
 
[ヴァイキング時代]
紀元後、北欧では徐々に各地で国が作られ、8世紀にはおおよそスウェーデン、ノルウェー、デンマークに集約されました。そこに住んでいる人はゲルマン系のノルマン人が主流でしたが、彼らのうち、外へ出掛け略奪をくりかえす一団はヴァイキングと呼ばれ恐れられていました。
デンマークやノルウェーのヴァイキングたちは主として海へ出てアイスランド島やブリテン島を襲ったりしていましたが、スウェーデンのヴァイキングは内陸へ行動を広げ、現在のロシア等スラブ地域から小アジア近くにまで至りました。
 
[カルマル同盟]
発展の一途を遂げてきたスウェーデンでしたが14世紀に入って国内での争いが頻発し、それにつけ込んだノルウェー、デンマークの間でカルマル(Kalmar)同盟が結成され、スウェーデンはノルウェーとともにデンマークに支配されることになりました。その範囲は最大で現在のデンマーク全域、ノルウェー全域、スウェーデン南部およびバルト海沿岸、コラ半島、アイスランド島にまで及びました。この同盟は単なる同盟というより、もっと結束の固いものだったといわれています。
 
[血浴から独立へ]
スウェーデンではデンマークの支配に対する抵抗が粘り強く続けられていました。このような抵抗に対してデンマークは徹底的な弾圧で応じ、1520年11月7日、時のデンマーク・ノルウェー王クリスチャンII世(Christian II)は反乱に加わった人々を赦免するという目的(虚偽)でストックホルムの王宮に集め、それまでに抵抗してきた有力者たちを一網打尽に捕えました。どこの国の権力者でもよくやるように、簡単な裁判の後、翌日の11月8日には次々と処刑しました。処刑された人は100人を越え、ストックホルムの街は正に地の海と化したのです。これはストックホルムの血浴(Stockholms blodbad~Stockholm Bloodbath)として歴史に刻まれることになります。
これで一旦はスウェーデンの抵抗が沈静化されたようでしたが、スウェーデン国内における不満は大きくなるばかりで、1523年6月6日グスタフ・ヴァーサ(Gustav Eriksson Vasa)を指導者としてカルマル同盟からの離脱、すなわち独立を勝ち取りました。
 
[拡張と凋落]
自らが被支配の経験を持つスウェーデンでしたが、独立後は拡張主義がはびこり、周辺のあちこちへ攻め入って、一時はノルウェー中部、フィンランド、現在のエストニア等にまで領土を拡張しました。スウェーデン王はヴァーサ家が引き継いできましたが、1654年にファルツ(Pfalz)家に渡りました。
この頃からスウェーデンの力は徐々に弱くなり、19世紀初めには現在につながるベルナドッテ(Bernadotte)家によって王位が継承されます。そして、19世紀の終りころにはスウェーデン-ノルウェー連合国のみとなりました。更に1905年にはノルウェーの独立が認められ、現在のスウェーデンの領土がほぼ確立することになります。
 
スウェーデンの国際放送、ラジオ・スウェーデンの受信証に描かれていた
ベルナドッテ家最初のカルル・ヨハン(Carl Johan)国王
 
[近代のスウェーデン]
20世紀に入ってからのスウェーデンでは民主化がすすみ、国としても成熟してきました。
国際的には中立を保ち、第一次、第二次両大戦にも参加せず、また北大西洋条約機構(NATO)にも加盟しませんでした。
そんな中で1969年、社会民主労働党のパルメ(Sven Olof Joachim Palme)氏が若干42歳で首相になりました。1976年に社会民主労働党は下野しますが、1982年に政権を奪還し、大企業の国営化など社会主義的政策を推進しました。そして、国際的にはアメリカのヴェトナム介入や1968年のプラハの春に対する旧ソ連邦の介入等に反対し、平和主義を貫きました。しかしこれを快く思わない勢力も当然ながら存在し、1986年2月26日、ストックホルムの路上で暗殺され、この事件は平和主義者に対する挑戦として世界に衝撃を与えました。パルメ首相はエスぺランティストであったことでも知られていて、世界のエスぺランティストにもまた動揺を与えました。
 
スウェーデンは高福祉国家として知られていますが、それを維持するための税金も高く、一部の「富裕層」には不評のようです。しかし、国全体としてみれば、税金の使い方としては納得できるものと捉えられているようです。
 
[ふるさとの歌]
スウェーデンの歌としては1960年代にNHKみんなの歌で春のそよ風(春風がほほえむよ 野に山にやさしく)として取り上げられたVårvindar Friskaがよく知られています。
この歌はスウェーデン民謡とされていますが、元来はノルウェーの曲だといわれています。歌詞にあるfjälldalen(フィェルドの谷)はノルウェー西海岸にみられる大地のことを言います。(フィヨルドではありません。)
真冬に「春のそよ風」もないでしょうが、冬来たりなば春遠からじということで理解してください。
例によって私の拙訳をつけておきますが、参考程度にとどめてください。「みんなの歌」の日本語歌詞がずっと気がきいています。
  
1965年4・5月の「みんなの歌」
 
 Vårvindar Friska             春のそよ風
 

Vårvindar friska leka och viska 春の新鮮な風が吹き、囁く
ヴォールヴィンダル フリスカ レカ オ ヴィスカ
lunderna kring likt älskande par. 森の周りで、愛しあう恋人たちのように
ルンデルナ クリング リヒト エルスカンデ パール
Strömmarna ila, finna ej vila 川の流れは速く、休みなく
ストレンマルナ イラ、フィンナ エイ ヴィラ
förrän i havet störtvågen far. 下流へ急流となって行く。
フェレン イ ハヴェト ステルトヴォーゲン ファール
Klaga mitt hjärta, klaga och hör, 心痛み、嘆き、聞こえる
クラーガ ミット イェルタ クラーガ オ ヘール
vallhornets klang bland klipporna dör. 羊飼いの角笛の音が崖で逝くのが
ヴァルホルネツ クラング ブランド クリポルナ デール
Strömkarlen spelar, sorgerna delar 流れるものは飛び跳ね、嘆きを共有し
ステルムカルレン スペラール ソルイェルナ デラール
vakan kring berg och dal. 山や谷の周りを見渡す。
ヴァカン クリング ベリイ オ ダル
Hjärtat vill brista! Ack, när den sista 心は弾けそう。ああ、愛の声を
イェルタト ヴィル ブリスタ アック ネール デン シスタ
gången jag hörde kärlekens röst: 最後に聞いたとき
ゴンゲン ヤグ ヘルデ ケーレヒェンス レスト
Avskedets plåga, ögonens låga, 別れの痛み、目の炎
アヴフェーデツ プローガ エゴネンス ローガ
mun emot mun och klappande bröst. 高鳴る胸に口と口を合わせ
ムン エモト ムン オ クラパンデ ブレスト
Fjälldalen stod i grönskande skrud, フィエルドの谷は緑の衣の中に立ち
フィェルダーレン ストド グレンsカンデ スクルド
trasten slog drill på drill för sin brud. ツグミが次から次へと花嫁に餌を運ぶ
トラステン スローグ ドゥリル ポ ドゥリル フェール シン ブルード
Strömkarlen spelar, sorgerna delar 流れるものは飛び跳ね、嘆きを共有し
ストレームカーレン スペラル ソルイェルナ デラール
vakan kring berg och dal. 山や谷の周りを見渡す。
ヴァカン クリング ベルグ オ ダル
Klaga mitt hjärta, klaga och hör, 心痛み、嘆き、聞こえる
クラーガ ミット イェルタ クラーガ オ ヘール
vallhornets klang bland klipporna dör. 羊飼いの角笛の音が崖で逝くのが
ヴァルホルネツ クラング ブランド クリポルナ デール
Strömkarlen spelar, sorgerna delar 流れるものは飛び跳ね、嘆きを共有し
ストレームカーレン スペラル ソルイェルナ デラール
vakan kring berg och dal. 山や谷の周りを見渡す。
ヴァカン クリング ベルグ オ ダル
 
 
[スウェーデン語について
スウェーデン語はゲルマン語の一つで、「北ゲルマン語」に属します。近い言語としてはノルウェー語、デンマーク語、アイスランド語、フェロー語などがあります。
同じゲルマン語でも北ゲルマン語はドイツ語や英語などの西ゲルマン語とは近い関係にあるとはいえ、違いも随所にあります。
最も特徴的なのは定冠詞が名詞の語尾のように結合してしまうことで、例えば dal(谷)に定冠詞がつくと dalen になります。
発音も、大体はローマ字読みでドイツ語の発音にも似ているのですが、ä はドイツ語では軽いエになるのに対し、スウェーデン語ではアとエの中間音になります。ö はドイツ語の ö と同じく、o と e の中間音です。また、å はオに近い発音をします。u は英語の tube の u に近い発音です。
やっかいなのは子音です。軟母音を後続する k はシに近い発音、sk はエスペラントの ĥ 、ドイツ語の ch、スペイン語の j、ロシア語の х と類似の発音ですが、もう少し軽い感じがします。
また、軟母音を後続する、あるいは語尾に来る g はエスペラント、ドイツ語の j 、英語、スペイン語の y と同じ発音をします。
これらの原則に従って、上の歌詞にはおおよその発音をカタカナで記しておきました。鵜呑みにせず参考にしてください。
 
この曲はノルウェーのアーティスト、シセル(Sissel)なども歌っていますが、YouTubeからはイェーテボリ(Göteborg)出身のグループ、Ace of Base のものを選びました。
 
 
これで、今年続けてきたふるさとの歌(II)を一旦お開きにします。
15回を振り返ると、結局はヨーロッパ中心でした。
ヨーロッパ(ロシアを含む)7回、アジア、南米、オセアニアが各2回、北米、アフリカ各1回です。
言語は全部で14言語で、ロマンス系(ポルトガル、スペイン、フランス、イタリア語)4、ゲルマン系(ドイツ、スウェーデン、英語)、スラブ系(ロシア、ボスニア、マケドニア語)、オーストロネシア系(インドネシア、タガログ、マオリ語)各3、ニジェール・コンゴ系(スワヒリ語)1でした。
来年はまた別の音楽シリーズを展開していこうと思います。

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